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6月5日の大槌町

2011.06.07

「6月5日」

5時に起床。
この季節にしては空気が肌寒く、清涼感があるなと感じたが、
それもそのはずで、ここは横浜ではなく岩手なのだ。
方々で鳥の鳴き声がする中、伝承館の近くに流れる沢で顔を洗う。
冷たくて、新鮮な水だ。

6時に安渡小学校に到着し、そのまま朝食の準備。
メニューはシチューとクロワッサン。
クロワッサンはやはり自衛隊が配給してくれたものだ。

前日に下ごしらえを終えていたので、鍋に火を掛けるだけで準備は終わる。
7時から炊き出しを始め、8時には終了。

ここで、避難所の朝の様子について触れたい。

避難所では朝食が終わると、
避難所の対策本部、各部屋の代表者、警察官、医療班が校庭に集まり、
朝礼が行われる。
全体の流れは下記のようなもので、おそらく毎日のことなのだろうと推察する。

1、対策本部の代表者から、その日に予定されている行事などについて報告。
2、警察官から前日の行方不明者捜索の捜査結果の公表。
3、医療班から健康管理などに関する注意事項。
4、ラジオ体操第一。

震災後、どのくらいの時期からこのような朝礼が行われ始めたのかは分からないが、
町の多くが壊滅するという極限状態で、
また、240名を超える避難者がいるという状態で、
ここまで秩序立てることができているということに驚く。
もちろん、外側から見ているだけなので実情までは分からないが。

11時から予定されている商工会の方々との打合せを前に、小槌神社に立ち寄る。

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小槌神社は海岸からも近い位置にあるが、
幸いにして津波は鳥居の前で止まり、被害はなかった。
当日は山火事も発生し、四方を炎で包まれるが、
社殿に飛び火することは無かったという。

毎年、祭りの時に担がれる神輿を拝見させていただいた。
例年通りとはいかないまでも、
必ず祭りを行いたいと思うという話を宮司さんより伺い、
大槌町における祭りの重要性を垣間見ることができた。

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祭りは地域に根付く文化の最たるものだ。
現存する昔の神輿も見せていただいたが、この神輿が造られたのは元禄年間。
今から400年以上前の江戸時代、徳川第五代の治世である。
遠い過去から連綿と受け継がれてきたこの地の祭り。
是非、今年も行われてほしい。そして、この目で見てみたい。

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この日の一番の目的である、商工会のみなさんへのプレゼン。
81年会が進める「富士十字プロジェクト」を説明させていただいた。

「富士十字プロジェクト」は以下の4つの支援案からなる。

1、富士十字ファンド
2、81年会による共同雇用支援対策
3、大槌町で野球をしよう
4、ポケット仏壇
(それぞれの詳しい内容は次回のブログにゆずることにする)

結果としては非常に好印象で打合せを終える事ができた。

被災地では震災の直後から、
様々な企業、コンサルタントなどから復興案なるものを
それこそうんざりするくらいの数を見せられている。
しかもその多くが、現実的な観点からだいぶ離れた自己満足的な案だ。
いかにももっともそうな数字が書かれているが、大槌町の現実は勘案されていない。
おそらく、市町村名だけ変えて、
同じ内容のものをいたるところで使い回しているのだろう。
当然の帰結として、商工会の方々も警戒が強くなる。

そんな中で富士十字プロジェクトが笑顔を持って受け入れられ、
話に華が開いたことは、とても嬉しかった。
微力ではあるが、確実に現地のニーズに合致していることを確認できた。

この商工会へのプレゼンをもって、今回の岩手県大槌町の訪問は終わる。
行きと同様、2時間半をかけて新花巻駅まで向い、
そこから3時間半、新幹線に閉じ込められる。

今回の経験から感じた事、思った事。
そして富士十字プロジェクトの内容。
この2点は次回のブログで記させていただこうと思う。

続く

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