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独立の経緯4

2010.05.10

21歳の誕生日を間近に控えたある日。
頭の中に描いた9年間は次のようなものだった。

序盤の3年間
21歳 大学2年の1年間 できるだけ多くの建築を見にいく。
22歳 大学3年の1年間 設計事務所でバイトをする。
23歳 大学4年の1年間 設計事務所に就職を決める。

中盤の3年間
24歳 社会人1年目 とにかく実務を覚える。
25歳 社会人2年目 自分の働き方を確立する。
26歳 社会人3年目 一級建築士の資格をとる。

終盤の3年間
27歳 社会人4年目 独立。事務所の基礎を固める。
28歳 社会人5年目 できるだけ多くの人と会う。
29歳 社会人6年目 所員を雇う。

この計画を実行することができれば、
30歳になった時に、自分の事務所の土台ができているだろう。
そうすれば、なんとか僕も「30にして立つ」ことができるはずだ。
と、当時は思っていた。

そうしていま、29歳を目前にしている。
8年前に立てた計画は少し前倒しになりながら実行することができている。
多くの人に出会い、多くの人に応援され、多くの人に支えられながら。

ただ、満足かと問われれば、決してそうでは無い。
もっといけるはず。もっとできるはず。という思いが常にある。
年を重ねるごとに、人に出会うごとに、
やりたいこと、やらなくてはならないことが増えていく。

そんな日々は楽しいし、とても幸運なことだと思う。

20代最後のこの一年間は、
9年計画の集大成であり、次の10年間のための礎になる。
ひとつひとつの仕事を大切にし、人との出会いに感謝をしながら、
秋山立花という事務所を大事に育てていきたい。

独立の経緯3

2010.05.03

「性に合う」ということは「続けることができる」ということだと思う。

才能の有る無しではなく、
その行為を日々継続することができるかどうかだ。

僕は20歳の時に、将来にわたって建築の設計を続ける事ができると思った。
建築の設計は楽しかったし、なにより夢中になれた。
何時間でも考えることができたし、時には夢の中でも設計をしていた。
だから、建築の設計を自分の職業にすると決めることになんの抵抗もなかった。
それはとても自然な決断だった。

自分に才能が有るかどうかなんてことはまったく考えなかった。
そもそも、才能とういうのは周りの人たちが評価することであって、
自分で評価することではないと思っているので、思い悩む必要もなかった。
ある人から見たら才能が有ると思われるだろうし、
他の人からみたら才能が無いと思われる。
そんなものだ。

あくまで「続けることができる」ということが重要なポイントだった。
なにをするにしても継続というのが一番難しいことだと思う。
この先何十年と生きていく中で、どのような障害や誘惑があるか分からない。
それでも、誠実に、忍耐強く、断固たる意思を持って続けること。
それも心から楽しんで続けること。
それができるかできないかということが最も大事なことであって、
それ以外の事は続けていくうちになんとかなる。
8年前もそう思っていたし、今でもそう思っている。

続けていくということだけ自分の中で決めてしまえば、
後はどうやって続けていくかと言う事を考えればいい。

だから、一番始めにとりかかったことは、今後9年間の計画をたてることだった。

つづく

独立の経緯2

2010.04.26

大学の建築学科に入学してすぐに思った事は
「もしかすると間違ったところに来てしまったのかもしれない」だった。

高校3年の時は大学受験に失敗した。
模試によっては偏差値28という驚くべき数字も経験していたから、
失敗するべくして失敗したと言って良い。

浪人が決まってからは、
東京都立大学の建築学科だけに照準を合わせて勉強をする事に決めた。
当時の僕の学力からすると高望みではあったけれど、
国公立大学の中では1番受験科目数が少なかったから、
1年間という限られた時間の中で結果を出すためには好都合だった。
年間50万円以下という安い授業料も魅力的だった。

最初に方針を立ててしまえば、後はそれに沿って努力するだけである。
1年間の勉強の成果は、無事合格に結びついてくれた。

ただ、大学生活が始まって最初の建築学科のオリエンテーションで、
同期生たちが持っている建築の知識にびっくりしてしまう。
ほとんどの人が好きな建築家や好きな建築物について話をしている。
なぜ建築学科を選んだのかと熱く語っている人もいた。

当時の僕の建築に関する知識は、
「まったく知らない」と「ほとんど知らない」の中間くらいのもので、
そんな同期生の会話についてくことなど無理な話だった。

そもそも、建築家というのはどういった職業なのかということさえ、
漠然としたイメージしか持っていなかった。
「建築家になりたい」から建築学科を受験した訳ではなく、
なんとなく建築は面白そうだというくらいの気持ちで受験したのだから、
あたりまえの話かもしれないけれど。

そこで冒頭の言葉になる。
その時は、本当にどうしようと思ったことを今でも覚えている。

ただ、入ってしまったものはしょうがないし、
いまさら嘆いたって、現実は変わらない。

気持ちを切り替えて、
とにかく最初の1年間は、建築を見て回ることに費やすと決めた。
暇を見つけては街に出て、
時には(褒められたことではないけれど)授業をさぼってでも、
優れているとされている建築を見にいった。

知識うんぬんよりも、まずは空間そのものを実体験する方が、
建築を学ぶには良いだろうという思いもあった。

そんな1年間のおかげかどうかは分からないけれど、
2年生になり設計の課題が本格的に始まるころには、
建築の設計という仕事は自分の性に合っていると思い始めた。

つづく

独立の経緯1

2010.04.19

最近、同年齢で起業している方と立て続けに会う機会があった。

1981年生まれの28歳。

20代で起業し、社員を抱え、頑張っている。
すごいな、と思う。

なぜ、20代で起業したのか?
何がきっかけだったのか?
今度会う機会があったら、是非聞いてみたい。
とても興味があるし、励みにもなる。

「その年ですごいですねー」と真剣に感心していたら、
「あなたもじゃないですか」と切り返された。

そういえば、そうである。

独立してからというもの、
自分の年齢を気にする事がほとんどなくなってしまったけれど、
僕もちゃんと1981年生まれの28歳だ。

外見がどうも20代に見えないらしく、
(みなさんの意見を平均すると、34、5歳に見られるらしい)
僕自身はめったに聞かれないけれど、
せっかくなので、自分の独立の経緯にふれてみようと思う。

僕が、独立することを決めたのは、20歳の時だった。

つづく

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