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種まき

2011.05.02

先週の火曜日は4回目の81年会だった。

昨年の10月に、たまには「タメグチ」で飲みたいよねっていう
単純な理由から1回目を開催してはや半年。
最初は10人程度だった参加者も、
あれよあれよと増えて60人を超えるまでになった。

独立して頑張っている人や、これから独立したいっていう人。
立場や職業は様々だけれど、同年代で集まるっていうのは本当に楽しい。
みんなよほど、タメグチで飲みたいんだな。と思う。

たまに間違われるのだけれど、この81年会の主催者は僕ではない。

僕はあくまでも「言い出しっぺのひとり」であり「第1回目の幹事」であるに過ぎない。
幹事を決めるのはその前の幹事ということになっているので、
僕がやったのは2回目の幹事を他の人に頼んだというところまでである。
3回目も4回目も、もちろん5回目も僕は幹事ではない。

というわけで、全然僕は主催者じゃない。
じゃあ、誰が取り仕切っているのか。
と言われたら、答えは「誰も取り仕切っていない」となる。

不思議に聞こえるかもしれないけれど、本当のことだ。

81年会というのは参加しているみんなの思いが集まってできた会である。
みんなが自分で考えて、自分で行動するので、
特に仕切る人間がいなくても、成り立ってしまうのである。

ようは、僕がしたことは「種まき」だけだ。

僕が種をまく。
いろいろな人がいろいろな思いで水をやる。
そこから多様な植物が芽をだす。
みんなでそれを育てる。
実ができたら、みんなでそれを収穫する。

僕は種をまき終えれば、完全に「みんなの中のひとり」になる。
僕が言いだした事、僕のやりだした事が
僕の存在を超えて「みんなのもの」になる。
これは本当に素晴らしいことである。

なぜなら、建築も同じ事だから。

僕が設計する。
みんなでそれをつくる。
出来上がったらみんなでそれを喜び、
お客さんに引き渡す。
それが住宅であれば、お客さんがその建築を育てていくことになるし、
公共の物件なら、その建物を使用する多くの人が、その建築を育てていく。

汗を流しながら必死になって土を耕し、適切な位置に適切な種を植える。
それが僕の仕事なのである。

僕の名前は「種を植えた人」という称号のもと、後世に残るかもしれない。
あるいは、早い段階でそんなことは忘れ去られてしまうかもしれない。
はっきりいって、どちらでも構わない。

その植物が大きく育ち、多くの人に愛され、
多くの人に実りの恵みを与え続けてくれさえすれば。先週の火曜日は4回目の81年会だった。

昨年の10月に、たまには「タメグチ」で飲みたいよねっていう
単純な理由から1回目を開催してはや半年。
最初は10人程度だった参加者も、
あれよあれよと増えて60人を超えるまでになった。

独立して頑張っている人や、これから独立したいっていう人。
立場や職業は様々だけれど、同年代で集まるっていうのは本当に楽しい。
みんなよほど、タメグチで飲みたいんだな。と思う。

たまに間違われるのだけれど、この81年会の主催者は僕ではない。

僕はあくまでも「言い出しっぺのひとり」であり「第1回目の幹事」であるに過ぎない。
幹事を決めるのはその前の幹事ということになっているので、
僕がやったのは2回目の幹事を他の人に頼んだというところまでである。
3回目も4回目も、もちろん5回目も僕は幹事ではない。

というわけで、全然僕は主催者じゃない。
じゃあ、誰が取り仕切っているのか。
と言われたら、答えは「誰も取り仕切っていない」となる。

不思議に聞こえるかもしれないけれど、本当のことだ。

81年会というのは参加しているみんなの思いが集まってできた会である。
みんなが自分で考えて、自分で行動するので、
特に仕切る人間がいなくても、成り立ってしまうのである。

ようは、僕がしたことは「種まき」だけだ。

僕が種をまく。
いろいろな人がいろいろな思いで水をやる。
そこから多様な植物が芽をだす。
みんなでそれを育てる。
実ができたら、みんなでそれを収穫する。

僕は種をまき終えれば、完全に「みんなの中のひとり」になる。
僕が言いだした事、僕のやりだした事が
僕の存在を超えて「みんなのもの」になる。
これは本当に素晴らしいことである。

なぜなら、建築も同じ事だから。

僕が設計する。
みんなでそれをつくる。
出来上がったらみんなでそれを喜び、
お客さんに引き渡す。
それが住宅であれば、お客さんがその建築を育てていくことになるし、
公共の物件なら、その建物を使用する多くの人が、その建築を育てていく。

汗を流しながら必死になって土を耕し、適切な位置に適切な種を植える。
それが僕の仕事なのである。

僕の名前は「種を植えた人」という称号のもと、後世に残るかもしれない。
あるいは、早い段階でそんなことは忘れ去られてしまうかもしれない。
はっきりいって、どちらでも構わない。

その植物が大きく育ち、多くの人に愛され、
多くの人に実りの恵みを与え続けてくれさえすれば。

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