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今までの流れだと、今週は「マニュアルについて思う事2」
となるはずなのだけれど、ちょっと余談を挟みます。

2日前に、初めてタカハシ酒造さんの「伊勢の白酒」を飲む機会があった。

僕の文章力が優れているのであれば、
ここでその素晴らしさについて、とうとうと物語るところなのだけれど、
残念ながら、今の僕の筆力では表現しきれないと思うのでやめておきます。

まだ飲んだことがない方は、
特に、今まで日本酒をあまり飲んだ事が無い方や、
日本酒は苦手だと思っている方には是非一度飲んでみてもらいたい。
日本酒の幅広さを感じることができます。

それにしても、
おいしいお酒に出会えるというのは、本当に幸せな事ですね。

おいしい日本酒に出会うと、このお酒を飲むための空間は、
どのようなものが良いだろうかとついつい考え込んでしまう。

どんな場面で、どんな料理と一緒で、どんな空間の中で飲むと、
このお酒を一番楽しむ事ができるんだろう。

なんてことを考えながら、ゆっくりゆっくりとお酒に酔っていく。

近い将来、そうやって考えた空間が実現することを祈って。

『マニュアル (まにゅある)』
1 機械・道具・アプリケーションなどの使用説明書。取扱説明書。手引き書。
2 作業の手順などを体系的にまとめた冊子の類。
3 操作などが、手動式であること。「―車」

働き出してからこのかた、マニュアルが気になる。

「1」の意味でのマニュアルではない。
「3」の意味でのマニュアルでもない。というか車の免許を持っていない。
「2」の意味でのマニュアルである。

「なにゆえ設計事務所はみんな遅くまで働いているのだろう?」
と学生のころから思っていた。

働き出してみると、なるほど仕事の量は多かった。
でも1年ほど働いて、だんだん慣れてくると、
果たしてそれだけが理由だろうかと思うようになった。

長い時間働いていると、当然の事ながら集中力が落ちる。
集中力が落ちると、仕事の能率は悪くなる。
仕事の能率が悪くなるから、仕事が遅くなる。
仕事が遅くなると、長い時間働くようになる。

という堂々巡りの中に自分がいるように思えてきた。
こんなことでは質の高い仕事などできないと思えた。

結局、遅くまで働くということは、
仕事が好きとか、仕事に熱心とかそういうことではなくて、
ただ単に、仕事が遅いだけだなんじゃないかと思えてきた。

そして、そういう自分に腹が立ってきた。

ただ、腹を立てているだけでは何の解決にもならないので、
とりあえず、自分の仕事を見直してみることにした。

建築の設計は創造的な仕事だと思われがちだけれど、
仕事のほとんどは、あまり創造的ではない仕事で占められている。
創造的な仕事が1割くらい(もっと少ないかもしれない)で、
残りの9割で創造的な仕事を実現するための下支えをしている。

どっちが重要とかそういうことではなくて、
創造的な仕事も創造的ではない仕事も、
どちらか一方でも欠けたら建築設計は成り立たない。

湖面で美しくたたずむ白鳥から、
水中で必死に水を掻いている足をとることができないように、
不可分なことなのである。

働きだして1、2年の間で、当時僕が勤めていた設計事務所が
僕に与えた仕事は、もっぱら創造的ではない仕事の方だった。

つづく

人は ―だいたいにおいて― 24時間建築と関わっている。

家にいる時、
学校にいる時、
会社にいる時、
街を歩いている時、
僕たちの周りにはなにがしかの建築がある。

幸いにして日本の多くの地域で、
建築は「当然のようにそこにあるもの」になっている。
水や空気と同じように、
普段あまり意識しないで関わっているというレベルまで、
生活に根強く入り込んでいる。

だから、建築のことを考える時には、
人の人生や生活を考えなくてはならないし、
社会のことを考えなくてはならない。

建築のことを考えながら少子化問題について考えたり、
建築のことを考えながら若者の就農についての可能性を考えたり、
建築のことを考えながら超高齢社会への対応を考えたり、
建築のことを考えながら医療のあり方を考えたり。

これはごく自然なことだし、当たり前のことだと思う。

秋山立花は来月で3年目に突入し、
僕は来年30代に突入する。

秋山立花の今後の展望として、
そして僕の30代の目標として、
建築という分野を通して、
現在のそして未来の社会的問題に向き合っていきたい。

「人の営みのすべてに」

秋山立花はひとつひとつの仕事を通して、
人と向き合い、社会と向き合っていく。

21歳の誕生日を間近に控えたある日。
頭の中に描いた9年間は次のようなものだった。

序盤の3年間
21歳 大学2年の1年間 できるだけ多くの建築を見にいく。
22歳 大学3年の1年間 設計事務所でバイトをする。
23歳 大学4年の1年間 設計事務所に就職を決める。

中盤の3年間
24歳 社会人1年目 とにかく実務を覚える。
25歳 社会人2年目 自分の働き方を確立する。
26歳 社会人3年目 一級建築士の資格をとる。

終盤の3年間
27歳 社会人4年目 独立。事務所の基礎を固める。
28歳 社会人5年目 できるだけ多くの人と会う。
29歳 社会人6年目 所員を雇う。

この計画を実行することができれば、
30歳になった時に、自分の事務所の土台ができているだろう。
そうすれば、なんとか僕も「30にして立つ」ことができるはずだ。
と、当時は思っていた。

そうしていま、29歳を目前にしている。
8年前に立てた計画は少し前倒しになりながら実行することができている。
多くの人に出会い、多くの人に応援され、多くの人に支えられながら。

ただ、満足かと問われれば、決してそうでは無い。
もっといけるはず。もっとできるはず。という思いが常にある。
年を重ねるごとに、人に出会うごとに、
やりたいこと、やらなくてはならないことが増えていく。

そんな日々は楽しいし、とても幸運なことだと思う。

20代最後のこの一年間は、
9年計画の集大成であり、次の10年間のための礎になる。
ひとつひとつの仕事を大切にし、人との出会いに感謝をしながら、
秋山立花という事務所を大事に育てていきたい。

「性に合う」ということは「続けることができる」ということだと思う。

才能の有る無しではなく、
その行為を日々継続することができるかどうかだ。

僕は20歳の時に、将来にわたって建築の設計を続ける事ができると思った。
建築の設計は楽しかったし、なにより夢中になれた。
何時間でも考えることができたし、時には夢の中でも設計をしていた。
だから、建築の設計を自分の職業にすると決めることになんの抵抗もなかった。
それはとても自然な決断だった。

自分に才能が有るかどうかなんてことはまったく考えなかった。
そもそも、才能とういうのは周りの人たちが評価することであって、
自分で評価することではないと思っているので、思い悩む必要もなかった。
ある人から見たら才能が有ると思われるだろうし、
他の人からみたら才能が無いと思われる。
そんなものだ。

あくまで「続けることができる」ということが重要なポイントだった。
なにをするにしても継続というのが一番難しいことだと思う。
この先何十年と生きていく中で、どのような障害や誘惑があるか分からない。
それでも、誠実に、忍耐強く、断固たる意思を持って続けること。
それも心から楽しんで続けること。
それができるかできないかということが最も大事なことであって、
それ以外の事は続けていくうちになんとかなる。
8年前もそう思っていたし、今でもそう思っている。

続けていくということだけ自分の中で決めてしまえば、
後はどうやって続けていくかと言う事を考えればいい。

だから、一番始めにとりかかったことは、今後9年間の計画をたてることだった。

つづく