ブログ

僕は毎週1回はジムに通って汗を流すようにしている。
本当はもう少し回数を増やしたいのだけれど、
無理なく継続できるペースは今のところ、週に1回だ。

このブログもそうだけれど、
とにかくまずは週に1回と決めて、
継続していくことに慣れることが、まずは肝心だと思う。

焦らずじっくりと自分のペースをつくっていく。
僕は割とそういうことが得意な人間かもしれない。

さて、話がちょっとずれてしまったけれど、ジムの話です。

僕は決まって、
ジムに行くとストレッチ、ウェイトトレー二ング、ランニングマシーン。
という順番でこなしていくことにしている。

ストレッチとウェイトトレー二ングは高校野球をしていた時に経験があるので、
だいたいその頃のメニューと同じことをやる。

ただ、17歳の頃に持っていた瞬発力はこの12年間で儚く萎んでいたので、
ショックを受けながらも、軽めの負荷で筋肉をいじめていく。

40分ほどでウェイトトレーニングまで終えると、
あとは50分間、黙々とランニングマシーンをつかって走る。

体調の好不調もあるけれど、
だいたいいつも決まったペースで、決まった距離を走っている。

それが先日、なぜかいつもよりも体の動きが軽いことに気づいた。
いつものペースが遅く感じられ、足の回転もいつになく力強い。

試しにペースをあげて走ってみてもまったく苦にならず、
気づいてみたら今まで見たことのない距離を走っていた。

こつこつと走っていたことで、
どうやらしっかりと体力がついていたらしい。
これは僕にとって、嬉しい驚きだった。

他の人からすれば本当にどうでもよくて、
自分自身しか喜ぶことのないような出来事なのだけれど、
こういった少しの進歩を実感することができるというのは、
人生における確かな喜びだと思う。

多分8年か9年前の出来事。

なんの用事かは思い出せないのだけれど、僕は町田にいた。
小田急線からJRに乗り換えるためにペデストリアンデッキを
何を思うわけでもなくただ、淡々と歩いていた。

僕はひとりで歩いている時は、
だいたいなにかしらを頭の中で考えていて、
いつもその考えに集中し過ぎてしまい、
視覚も聴覚もおざなりになる。

知り合いの人とすれ違っても、
誰かに声をかけられても、
十中八九気づくことはない。

でもその日はなぜかヴァイオリンの音色が僕の耳を捉えた。

どこかでだれかがヴァイオリンを弾いている。
周囲を見渡すと、10mほど前方に
路上ライブをやっているヴァイオリニストを確認することができた。

多くの人たちが足早にその場所を通り過ぎていたけれど、
何人かはしばらくの間足をとめたりしていて、
常時15人くらいの人だかりができていた。

ちょっと迷ってから、僕はその人だかりの輪に加わった。

演奏の内容までは覚えていないけれど、
そのヴァイオリニストから伝わってくる、
楽しい雰囲気を感じる事ができた。

僕が聴き始めてから15分ほどで演奏は終わり、
最後に片言の日本語で ―彼はポーランド人だった―
目の前に置いてあるCDの説明を始めた。

僕はとくに音楽的素養もないので、
その演奏が音楽的に優れているかどうかは分からなかったのだけれど、
ここでこうして会ったのも何かの縁だしなと思って、
楽しい時間をもらったお礼に、彼のCDを2枚購入した。

別れ際に笑顔で握手をして、
また僕は脇目も振らずJRの駅をめざして歩き始めた。

ここまでは特に珍しくもなんともない、よくある風景だ。
僕自身も、1年に何度かそのCDを聴くけれど、
そういばそんなこともあったなと思い出すくらいの出来事だった。

そして数ヶ月前。

とある異業種交流会で、不意にそのヴァイオリニストの名前を耳にした。

記憶が一気に過去にさかのぼり、ありありと当時の風景が蘇ってきた。
僕はなんだかうれしくなって、
ヴァイオリニストの名を紹介していた方に声をかけた。

その方はそのヴァイオリニストの後援をし「友の会」を
運営しているということで、
12月に行われるコンサートを紹介するために交流会に参加されていた。

僕はヴァイオリニストとの一時の出会いを語り、
なつかしいですと話をした。

その方も、そんな偶然があったことに、喜んでくれているみたいだった。

そんなわけで、僕は12月に行われるそのコンサートに行く。
そこで彼のヴァイオリンを聴いて、
僕の心にどんな思いがわき上がってくるのか、
今はまだ想像もつかない。

人に自慢できるほど不思議な体験ではないし、
本当にささやかな出来事だけれど、
こんな少しの偶然が、人生に確かな喜びを与えてくれるのは、
間違いのないことだと思う。

暑い日が続いています。
ここまで極端な天候が続くと、本当に地球のことが心配になります。

だからというわけでもないのだけれど、
秋山立花ではあまりエアコンをつけない。

すごく暑いといっても、
自然の風がはいってくるとそれなりに涼しいし、
自然の風に吹かれながら仕事をするのは気持ちがいい。

事務所のベランダに目をやると
ニシザキ工芸さんからいただいた朝顔が元気に育っていて、
視覚的に涼を与えてくれる。

植物に水をやり、ベランダに打ち水をすると、
心も体も少し涼しくなる。

聴覚的にも涼をとりいれたいので、
今週末にでも風鈴を買いにいこうと思っている。

暑いことは暑いのだけれど、
五感でしっかりと涼をつかまえることができれば、
そんな暑さも楽しめるようになる。

家の設計も同じだ。
涼をつかまえられるように考えながら設計する。
風通りや自然光の取り入れ方次第で、エアコン無しでも過ごせる家になる。
(梅雨時は除湿器は必要かもしれないけれど)

「自然の力」と「人の技術力」をうまく合わせれば、
今年のような夏でも元気に過ごせるはずだ。

日本には刀に関する言葉が数多くある。

つばぜり合い。
元の鞘におさまる。
鞘当て。
切羽詰まる。
あいづちを打つ。
反りがあう。
焼きをいれる。

ざっと思いつくところでも、これだけでてくる。
ちゃんと調べれば、もっと多くの言葉が刀を由来として存在するはずだ。

そんな言葉の中で僕は「真剣」という言葉が好きである。

僕は日本刀を鑑賞するのが好きで、
展覧会などがある時は、時間があれば行く事にしている。

そして、本物の日本刀をじっと眺めながら、
「真剣」という言葉が持つ、凄みをいつも考える。

吸い寄せられるように美しく、芸術品の域まで達し、生命を絶つこともできる存在。
見ているうちに、その迫力に背筋が凍ってしまうこともある。

日本刀の持つ緊迫感、緊張感、凛とした佇まいと、美しさ。
その域まで自分の精神状態を持っていく事ができて、
初めて「真剣」という言葉を使うことができる。

だから僕は建築に対して「真剣」であると言うことができるように、
日々鍛錬をしていかなくてはならないと思っている。

ちなみに、この「鍛錬」という言葉も、
金属を打って鍛える事という意味からも、日本刀に由来する言葉だそうです。

7月11日にいよいよ神奈川県大会が始まりました。
高校野球の季節です。

学生スポーツの一競技が、
日本全国で、しかも老若男女問わず、
毎年多くの関心を集めているのだから、
高校野球というのはすごいと思う。

僕もいわゆる高校球児だったわけで、
この季節になると自然と高揚感がわき上がってくる。

母校の試合も近づいてきて、
観戦に行きたくてしょうがないのだけれど、
今年は仕事があるので行く事ができない。

後輩たちがグラウンドで汗を流している瞬間に、
僕は現場で汗をかいている事だろう。

夏の高校野球と夏の現場に共通していることの一つに、
とんでもない「暑さ」がある。

元高校球児であり、現場監理者でもある僕としては、
高校球児も現場の職人さんも、
熱射病にだけは気をつけてもらいたいと切に願っている。

ところで、野球場に入場して、
ちょっと暗い通路を歩いていき、
パッと視界が開けて眼前にグラウンドがひろがる時の
あの刺激的な空間体験っていいですよね。

建築に携わる元高校球児としては、
「野球場」の設計は憧れである。

いつか必ず、野球場の設計を秋山立花で手掛けたい。
そして、その球場で野球を観戦しながら
おいしいビールをジャブジャブ飲みたい。