30年前に建てた家を手がけた職人さんたちに、再び、家を手がけてもらう。
それがこの家の物語の出発点になります。
家を建てて、その後の30年間もメンテナンスをしてくれていた地元の職人さんたち。
当時40代、50代で働き盛りだった職人さんたちは皆、後期高齢者となり、
あるいは代替わりをしていました。
家が地に根付くものであれば、それを建てる職人もまた、その地に根付く。
地元の職人が建て、地元の職人が維持保全をして行く。
そうした姿は今や失われつつある地域の魅力なのではないかと思います。
ネット環境や交通手段が発達し、グローバルな世の中になっても、
このローカルな関係性がなくてはその地域は豊かにならない。
そんなことが実感できるプロジェクトでした。
鎌倉の紅ヶ谷と呼ばれる谷の奥。
鎌倉時代には寺院であったと推察できる、
緑深い崖に囲まれた、静かな場所。
30年間過ごした家のすぐ隣。
そこが新しい家の敷地です。
この30年で施主もまた生活が変わりました。
まだ小さかったこどもは立派な社会人となり、
これからの年齢に考慮した住まい方が求められます。
しかし、根幹にある「どのように暮らしたい」
ということは変わっていないように感じました。
四季のうつろいを感じながら暮らす。
季節の移り変わりを家のしつらえでも表現しながら暮らす。
もともと暮らしていた家とそこでの生活ぶりをつぶさに観察し、
敷地周辺の環境にじっと耳をすませ、言葉ではない、様々な「声」を聴きながら設計を進めました。
この敷地は北側に緑深い崖を背負っています。
北側の庭 は一年中太陽の光を正面から浴びるので、鑑賞する庭としては最適です。
北側に大きく開口を開くことで、太陽の光で輝く緑の風景を楽しむことができます。
反射した緑色の光が、季節ごと時間ごとで濃淡を変えて室内に降り注ぎます。
南側の庭は新たに作庭をしていただきました。
深い軒と縁側を設けて、夏の日射を遮るとともに、
眺めるだけではなく過ごすことができる庭としています。
借景も含めて、四周を庭で囲み、庭屋一如となるようにつとめ、
鎌倉特有の谷の風景に寄り添う建築となっています。
東の庭は既存の庭を綺麗に整え直し、西側の庭は洗濯物など生活する上で「使う庭」に。
エアコンがお嫌いとのことで、夏は扇風機、冬は床暖房のみで暮らすことができるよう、
夏に吹く風の向きをヒアリングし、風の抜ける方位に開口を設けています。
天井の高さを利用して通風、換気の効率を高めた結果、
予定通り、エアコンをつけることなく1年を過ごせる住宅となりました。
この家が、新たに鎌倉の谷の風景となり、
長い間、地域に愛される建築となることを心から祈っています。