その道を歩いていると、住宅と畑がないまぜに姿をあらわす。
左手には畑、右手には住宅。
少し進むと、左手には住宅、右手には畑。
田舎とまではいかないけれど、でも十分に長閑な景色。
何度か枝分かれした道の突き当たりに、桜の木が一本、大きく枝を伸ばしている。
それがこの家の目印。
1年前にこの桜が文字通りたくさんの花を咲かせていた頃。
この敷地にはどっしりとした、古民家が建っていた。
朽ちることなく長く使われた木は独特の艶を獲得する。
時間の積み重ねでしか出すことができない飴色の木々。
勿体無い。という見方も確かにある。
ただ、長年土地の湿気にさらされた土台は確かに限界を迎えていたし、
冬は、天気予報の気温=室内の気温だった。
長い年月、ここに住む家族を守り抜いてきたひとつひとつの部材に、
「お疲れ様、いままで本当にありがとう」と伝えても、十分なような気がした。
この家の計画は、そんな古民家の2階から始まった。
僕と大工さんはその家の2階から、よく桜の木を眺めて話をしていた。
大工さんはこの家に住んでいる。
つまり建主であり、建てる人だ。
そして、大工さんは僕の「先生」でもある。
僕がある建築事務所で働き始めた時、一番はじめに担当した家の大工さんだった。
もう、かれこれ12年前になる。
当時勤めていた事務所はまだ人数も少なく、新入社員の教育なんて余裕は無かった。
とにかく自分の頭で考えて、自分の身体で覚えるしかなかった。
そんな時に建築の現場とはこういうものなんだということを教えてくれたのが、大工さんだった。
それは、右も左もわからないぽっと出の新入社員には、何にも代えがたい学びの場だった。
最初の物件が無事に終わったあとも、何度か僕たちは仕事を共にした。
だから、家の建替えの話をもらったときはとても嬉しかった。
職人さんから指名される。それは建築家にとってひとつの誇りだ。
設計の期間は2年近く。
新しい家からは、桜の木がどう見えるだろうか。
新しい家からは、竹林をどう見せようか。
桜の木や裏山の竹林を眺めながら、
図面と模型を間に挟んだ会話は、紆余曲折をしながら季節をふたまわりした。
通常は6ヶ月くらいだから、ずいぶんと長く設計をしていたことになる。
室内にいる時。
視線がどこへ抜けていくか。
その先に何が見えるか。
設計期間中も施工が始まった後も、そのことばかりを考えていた。
常に、空間がどのように連なっていくかということを考えながら、この家は立ち上がっていった。
大工さんと一緒に仕事をした、ひとつの集大成。
これからの長い間。
建っていた古民家に負けないくらい、長い間。
この家から、桜を眺められる事を願っている。